● 私が考えるジャズ名録音ベスト5+1

ジャズの名録音とは何だろう。名録音必ずしも名演奏ではなく、名演奏必ずしも名録音ではない。
 ここでは、私が今までに聴いたアルバムの中で最も録音が優れていると思うもの、つまり最もジャズを感じさせる録音のアルバムを選び、そのアルバムに対する思い入れ、聴きどころを記す。
 
■ ライブ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガードジョン・コルトレーン(Impulse)
行動の美をしっかり捉えた名録音で、彼等のパフォーマンスを追体験できる

ジャズはパフォーマンスの芸術だ。ミュージシャン同士が触発しながら次第に精神を高揚させ、1回限りの名演を残す。そこに居合わせた者だけが享受出来る幸せだ。
   こんな瞬間を見事に捉えた1枚に「ビレッジ・バンガードのコルトレーンドルフィー」がある。エンジニアはジャズ録音の名匠、ルディ・バン・ゲルダー。1961年11月の事。演奏は何の打ち合わせも無く始まった。コルトレーン自身、「メロディも書かなかったし、どんな曲になるかも考えていなかった」と。その無名の曲はエリック・ドルフィー(bcl)、レジー・ワークマン(b)、エルビン・ジョーンズ(ds)の4人の力演で飛翔した。その時、ルディは何をしたか?
   ステージ直前に陣取ったルディは1本のマイクをしっかりかかえ、コルトレーンのテナーの歌口10センチの位置を最後まで死守し、名演はしっかりと録音された。それまで無名だったその曲はルディの行動にちなんで〈チェイシン・ザ・トレーン〉と名付けられた。音は決して良くないが、こんな録音は好きだ。見事に出来上がってキラキラ光る建築物を見上げて、ホッと驚くのも良いが、石を削り土を盛るパフォーマンスが追体験出来るジャズ録音がやはり素晴らしい。

 ■ オパス・デ・ジャズ/ミルト・ジャクソン(Savoy) 
楽器の音をより忠実にという基本姿勢が貫かれているからあったかい 

 サヴォイがジャズ・レコーディング史上に残る名盤を多数制作できたのは、優秀なプロデューサーが居たからで、40年代半ばから後半にかけてはテディ・レグがチャーリー・パーカーを初めとする初期モダン・ジャズの貴重な録音を手掛けた。彼の退社後一時期ジャズ部門は低調になるが、54年に迎えられたオジーカデナが当時の新進気鋭ミュージシャン達を次々と録音して第二黄金期を築くことになる。
本アルバムはカデナ・プロデュースの1枚で「ブルースエット」に先駆けての大ヒット作になったもの。カデナのポリシーは自ら語っている様にエキセントリックにならずエモーショナルもの、しかもメロディックなものを作る事に加えて、リラックスしたメローなサウンドに仕上げる事であった。かくて本アルバムは
彼の狙い通りの秀作となった。カデナのポリシーは、サヴォイのジャズが同じハード・バップ路線を追求していても、ブルーノートやプレスティッジとは一味違った好作品を続々産み出す要因たなったが、本アルバムはその好例の一つ。
 このセッションに参加したミュージシャンの殆どがもうこの世に居ない。しかし彼等の名演ぶりがレコードの中で永遠に不滅であることは、ジャズを愛する人にとって何よりの幸せと言えよう。

  ■ ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン(Emarcy)
ヘレン・メリルの心が実にしっかりと伝わる名盤中の名盤

ジャズ・アルバムの中には歴史的に貴重なもの、数々の名演奏等があるが、このアルバムの様に永く愛され、しかも常に聴かれ続けている作品は他に無いのではないかと思う。そしてこのアルバムには名盤としての条件が整っている。ヘレン・メリルの温かみのある実に上手い歌、そこに女性としての心がしっかり表現されている。バックのクリフォード・ブラウンの様に唄うトランペッターはもう居ない。素晴らしいアレンジはクインシー・ジョーンズ。そしてこのアルバムには数々のドラマがある。わずか26歳でブラウニーことクリフォード・ブラウンは死亡する。このアルバムは死の直前の作品であり、彼の死は彼と行動を共にしていたミュージシャン達のその後の性格までも変えてしまう程であった。それ程仲間から愛されたブラウニーは心優しきジャズ・マンであった。ヘレンは日本に住んでいた事があるし、日本を心から愛していた。そして又このアルバムはモノラルからステレオへの過渡期の作品で初期のステレオ・レコードが逆立ちしても敵わない、素晴らしい音を持っている。このジーンと来る感動!常にマイ・フェイバレット・アルバムだ。

■ マルサリスの肖像/ウイントン・マルサリス(CBS)
このレコードを聴くために新しいカートリッジを買ってしまった最高にご機嫌なアルバム

 81年録音のウイントン・マルサリス初リーダー作。彼を日本に紹介したハンコックのトリオと、初期からのパートナー、ケニー・カークランドを中心とするトリオを使い分ける豪華さだが、驚くべきはやはりウイントン自身の驚異の吹奏レベル。25年以上前の作品だが、この25年間聴いてきた多くのトランペット奏者の「ネタ」が満載のように感じる。音色もタンギングアーティキュレーションも。
  ジャズ・トランペットを何とかしようとする気概と工夫がここにはある。アルバムの1曲目から、「凄い!」と言う以外の言葉は受付拒否の圧倒的な演奏が疾風の様に駆け抜ける。この一撃で惰眠をむさぼっていたジャズは目を覚まし、ドラッグとアルコール漬けの日々を送っていた帝王マイルスが「シット!」と言う言葉と共にベッドから飛び起きたと言っても過言ではない。
  全曲、ウイントンの吹くフレーズのほとんどが新しいものであることに驚かされる。

アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション(Contemporary)
生きた人間のプレイを感じさせる事が出来る、逞しいリアリティのある自然な音

 このレコードの録音は1957年1月19日。50年以上の月日が経った今、それでも尚この1枚が挙げられる。このアルバムはあらゆる点で星の数程あるジャズ・アルバムの中で第一級の出来栄えだが、50年前ステレオ・レコードが実用化された年の発売でありながら、今でも優れた録音と言い得る不思議さ!これは自然な音だから。この一言に尽きる。
  倉庫を改造した急ごしらえのコンテンポラリー・レコードのスタジオは、下手に音響設計をごてごてと弄繰り回し金をかけ過ぎたスタジオの持つ、あの不自然な人工的な響きのデッドネスが無い。そしてカルテットのアンサンブルが素晴らしく、不自然なミキシング技術を使う必要が全く無かった事も大切な要素である。従ってマイクロフォンの数も必要最小限度である。ロイ・デュナンのオーソドックスなアコースティックの扱いが、このエバー・グリーンの録音を生んだ。
  伸び伸びとした音の響、リアリティのある芯の強い逞しい音の質感に、50年が経った今でも生きた人間のプレイの躍動を感じる事が出来る。

■ ケルン・コンサート/キース・ジャレット(ECM)
究極の美しいメロディが溢れ出す即興ソロ・ピアノ・パフォーマンス

『ケルン・コンサート』。この日は連絡ミスから予定されていたピアノとは別のピアノが用意されていた。そのためエンジニアはピアノのあらゆる場所にマイクを設置、いかに最高の音を引き出すかに腐心したと言う。クラシックっぽいと感じさせるのは、実は録音の音質のせいでもあった。ケルンのオペラ劇場でライブ・レコーディングされたこのアルバムは、プロデューサーであるECMレコードのマンフレート・アイヒャーの好みもあって、ピアノの残響部分をたっぷりと収録しており、それまでのジャズ・ファンが聴き慣れていた中音域を分厚く録ったブルーノートのピアノの音などとは180度正反対の印象を与えた。
  最初は受身でただ気持ちよく聴いてもらい、少し慣れてきたら自分のほうから彼のピアノに寄り添うようにしてフレーズの一音一音の展開を追って行ってみて頂きたい。そうする事によって、あたかも作曲されている様なロマンチックなメロディ・ラインが、キースの中に生まれ育ち、場合によっては言い澱みながらも展開していく有様を実感として把握出来るはずです。